2023年に30周年を迎えた「機動戦士Vガンダム」
富野監督の「このDVDは見られたものではないので買ってはいけません」発言や、鬱アニメのネタとして扱われる事が多い本作でしたが、各メディアでVガンダムの制作スタッフが当時を回顧する機会が増え、再評価が始まっています。
このブログでは、Vガンダムに登場するメカ・キャラクターの演出方法や制作当時のエピソードについて解説します。
過去にVガンを観たことのある方も、改めて振り返ってみると新たな魅力を発見できます。
第2話「マシンと会った日」
放送日・スタッフ(敬称略)
- 放送日:1993年4月9日
- 脚本:園田英樹
- 絵コンテ:斧谷稔
- 演出:江上潔
- 作画監督:西村誠芳
あらすじ
宇宙世紀153年。地球の不法居住者ウッソ・エヴィンは、パラグライダーで滑空中にベスパとリガ・ミリティアの戦闘に巻き込まれる。ウッソはなりゆきでベスパのテスト用MSシャッコーを奪ってしまう。ベスパが空襲のために特別区ウーイッグへ向かうのを目撃したウッソ。憧れの女性カテジナの安否が気になるウッソは、シャッコーでウーイッグに向かうのであった。
演出
「Vガンダム」の時系列上の第1話に相当するエピソード。
絵コンテは、「斧谷稔(よきたに みのる)」=富野監督が担当しています。
シャクティのモノローグから始まり、主人公ウッソは、登場から30秒も経たずにいきなり戦闘に巻き込まれます。富野演出ならではの「視聴者が唐突に物語の舞台に放り込まれる」感覚に浸りつつ、ウッソとクロノクルの会合、シャッコーの操縦から初の実戦に至るまでテンポ良く進みます。約20分の本編に情報が凝縮された非常に見応えのあるエピソードです。
特筆すべき点としては、シリーズを通して、ここでしか観られない「コミカルな演出」があるところです。
コミカルな活劇(前半Aパート)
ポイント・カサレリアの空をパラグライダーで滑空していたウッソは、リガ・ミリティアとベスパの戦闘に巻き込まれます。
偶然MS「シャッコー」のコクピットに入ることに成功したウッソは、そこでシャッコーのテストパイロット=「クロノクル・アシャー」と格闘します。
殴り合いで大人のクロノクルと渡り合えるウッソ。両親から格闘訓練も受けていたのでしょうか。
「宇宙にいるやつは宇宙にいろ。」(ウッソ)
「貴様らに地球を汚す権利はない」(クロノクル)
ここから長きに渡る二人の因縁が始まるのですが、格闘は盛り上がってギャグ漫画のようなコミカル路線まで行き着きます。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
クロノクルを足蹴にして
「このこのこのこのこのー」(ウッソ)
ウッソを引きずり落とそうとする
「落ちろー」(クロノクル)
攻守がぐるぐる入れ替わるところも観てて楽しい。
クロノクルを振り落とし、MSシャッコーのコクピットに残されたウッソ。
ウッソは必死でシャッコーを操ろうとしますが、大出力で上空に飛ばされたり、落下して水中に潜ったり、画面が上へ下へ、息つく間もなくダイナミックに移り変わり、飽きさせない画作りになってます。
シャッコーのビームローターを使いこなすことで、ようやく安定を取り戻します。
精も根もつき果て安堵するウッソで、Aパート(前半)は終了。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
少年マンガ、あるいは宮崎アニメの活劇を見ているかのような展開です。
「テレビアニメの原点に戻って、楽しいロボットものにしたい。」
Vガンダム開始前に、富野監督が述べていた演出意図が映像に現れています。
スタッフが語る制作秘話〜富野監督について〜
作画監督としてVガンダムの制作を支えた西村誠芳氏は、当時の富野監督について、このように述懐しています。
西村誠芳氏(作画監督:当時スタジオダブ)
そういえば一話にゾロというモビルスーツのビームローターが建物に触れて、そこを覆ってるツタを切ってみたいなカットがあるんです。富野監督が作画打ち合わせのその場でそこのラフを描いて「うまっ」と思って、それはものすごく覚えてますね。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
fullfrontal.moe スタジオダブの裏話: サンライズの名作アニメを作った人々 – 西村誠芳ロングインタビュー
富野監督はアニメーター出身ではありませんが、絵を描くのがうまいという話はスタッフのインタビューでよく語られる話です。
キャラクターについて
ウッソ・エヴィン
物語のはじまりということで、主人公ウッソのカサレリアでの私生活が細かく描写されています。
カサレリアの住まい
ウッソは地球生まれの不法居住者です。ここでは隠れ家ならではの生活模様が描写されています。
帰宅したウッソは(夜になったので)灯りが漏れないように慣れた手つきで窓を閉めます。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
家の奥にはウッソの隠し部屋があります。パソコンは数台あり、外界との通信(メール)ができる環境が整っています。
後のエピソードで描かれますが、ウッソの家の地下には、MSシミュレーターや旧世紀のデータバンク(図書館のようなもの)も存在します。
もはや隠れ家というよりは、秘密基地です。
食料は、母(ミューラ)が作ったハムやブルーベリーのジャムの存在が確認できることから、ある程度の生活水準が保たれてると考えられます。
余談ですが、シャクティの家には羊がいます。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
カテジナへの片思い
ウッソは帰宅早々、パソコンでカテジナへメールを送ります。今日起こった刺激的な出来事を一刻も早く伝えたかったのでしょう。
ウッソの隠し部屋には、隠し撮りと思われるカテジナの写真が数多く貼られています。年上のお姉さんに憧れる少年です。
メールには「サイド2のザンスカール帝国が地球に攻めてくる」とも書いています。ウッソは宇宙の情報もある程度、把握できる事が伺えます。
ニュータイプの片鱗
時系列上では、ウッソはなりゆきで奪った(というよりコクピットに取り残された)シャッコーで初めてMS(モビルスーツ)を操縦することになります。
ウッソは動揺しながらもこのようなことを言います。
「どうすんの?オートで何とかならないの?マニュアルぐらいあるはずなのに。マニュアル出ろ!」(ウッソ)
このセリフからメカに対する造詣が相当高い事がわかります。
そして、コンソールを操作して、実際にマニュアルを出すことに成功し、ビームローターを用いた姿勢制御を習得します。
宇宙世紀の主人公が初めてMSを操縦するシーンでは、「ZZ」のジュドー・アーシタが、初めて「Zガンダム」を操縦した時と比較すると新たな要素が見えてきます。※あくまで個人的な考察です。
ジュドーは、MSの操作が「何となくわかっちゃうなー」と理解できるニュータイプ=エスパーのような「先天的」な感性の鋭さを持っています。
ウッソは、両親からの英才教育により、メカに対する深い知識とMSシミュレーターによるMSの操縦経験が根付いている為、メカの機能を洞察する力が「後天的」に養われています。従って、初めて操縦するMSでも、「最新の機械ならこういった機能ぐらい持っているだろう」という発想に至るわけです。
しかしながら、「旧世代のMSシミュレーター」と「最新鋭テスト機のシャッコー」では、さすがに同じ感覚で操作できるわけではないので、ジュドーのような「先天的」なニュータイプとしての素養も持っていると考えられます。
Bパート(後半)で、ウッソは初めての実戦を経験します。
相手はベスパの「ガリー・タン少尉」の駆るゾロ。
ビームサーベル一閃を避けたウッソにガリー少尉は驚嘆します。しかし、慣れない実戦にウッソは徐々に追い込まれます。
そこでウッソは、「ある作戦」を思いつきます。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
森の中に隠れたシャッコー(ウッソ)は、ビームライフルを地面に置いて、ビームをオートで発射するようにして、その場を離れます。
ビームライフルの囮に騙されたガリー少尉は、ウッソの不意打ちを受け敗北します。
ウッソは初めての実戦においても、瞬時に作戦を思いつき、冷静に準備を行ったことで勝利を掴むのでした。
ウッソの撃墜数
ウッソが劇中で敵機を撃墜した数をカウントします。
撃墜としてカウントする定義は、戦闘不能状態(もしくは撤退)になったもの。小破・中破にかかわらずカウントします。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
- MS 1機(ゾロ・ガリー機) シリーズ累計 2機
クロノクル・アシャー
不運のはじまり
ペスパの「イエロージャケット(地球侵攻作戦の先発部隊でMSの試験運用を行なっている)」に所属するクロノクルは、テストMS「シャッコー」でリガ・ミリティアの戦闘機(コアファイター)を追撃中に、突然、視界を塞がれ、年端もいかない子ども(=ウッソ)がコクピットに乗り込んできます。
リガ・ミリティアの作戦かと訝るクロノクル。
「貴様らに地球を汚す権利はない」とウッソに殴りかかります。
この台詞から、スペースノイドならではの志の高い思想を持っていることが伺えます。
クロノクル自身は地球の大気を嫌い、マスクを身に着けていることから、地球に対す
る愛着は持ち合わせていないようです。
ウッソが乗り込んできたのは偶然ですが、クロノクルにとっては想定外の出来事に動揺し
ていたのでしょうか。
訓練を受けている軍人なら、子どもを退ける方法ならいくらでもあると思えますが、
まんまとウッソの勢いに乗せられてしまってます。
主人公の好敵手(ライバル)とは思えない不運が続きます。
ウッソとの殴り合いの末、クロノクルはひとり川に放り出されます。
取り残されたクロノクルは、帰投するガリー機のゾロを発見。信号弾を打ちますが、ガリーに気づかれず見事にスルーされます。
初回から「空気」になってしまうライバルがなんとも切ない。
「いくら女王陛下の弟とはいえ、あんな飛行はしないぞ。」
「やれやれ、元気に帰投する気になってくれたか。」(ガリー)
ガリー少尉のこの物言いからも、クロノクルは「女王の弟」という色眼鏡で見られている事がわかります。
モビルスーツについて
ビームローターの奇怪な音がもたらす恐怖感
「ビームローター」は、「ザンスカール帝国(ベスパ)」の地上用MSが重力下で飛行できるシステムです。ビームシールドの技術の発展形で、飛行機構と本来のシールドとしての機構を兼ね備えた画期的なものです。
劇中では、夜間に特別区ウーイッグへ空襲に向かうベスパ(ゾロ)の大部隊が描かれます。
引用元:アニメ『機動戦士Vガンダム』第2話「マシンと会った日」 ©創通・サンライズ
ビームローターで飛行している時に発生する奇怪な音が印象的です。
奇怪な音といえば、同じ宇宙世紀作品だと「閃光のハサウェイ」の「ペーネロペー」もミノフスキークラフトで飛行する際は、ゼッ◯ンのような音を出していました。
この音を聞いた「スージィ」は怯えます。被災したトラウマを思い起こすからです。
ビームローターの奇怪な電子音が重々しい劇伴と重なって、不安な出来事が起こる前触れを予感させます。
この状況を目の当たりにしたウッソは、カテジナの安否が気になり、次の行動に移すきっかけとなるのです。
カガチのギロチン
「Vガンダム」の世界における重要なキーワードのひとつ「ギロチン」がオデロの口から出てきます。
「ベスパの親分のカガチのギロチン。ガチ党のギロチンだ。 金属の歯が落ちたら首がごろんだ。このスージィだって見ちまったんだ。」(オデロ)
富野監督は、後のインタビューでこのように述懐します。
「一番初期の企画書を書いた段階では、僕の頭の中では、ギロチンだけだったんですよ。」
「ギロチンさえあれば、戦車を出す必要もなければ、タイヤも出す必要もありません。「ガンダムワールドの中でのギロチン」というコンセプトだけで、筋は一本シャーッと通っています。」
引用元:それがVガンダムだ―機動戦士Vガンダム徹底ガイドブック ササキバラ ゴウ【著】
富野監督は、宇宙世紀(=未来)の世界に、旧世紀(=過去)の産物「ギロチン」という特異な舞台装置を掛け合わせて、今までになかったガンダムの世界観を構築しました。
なぜこのような決断をしたのか?
富野監督は、近年の「富野由悠季の世界」で「ギロチン」の事をこのように述懐しています。
物語に「バイク戦艦」を出すように要求された事で、バイク戦艦を潰すくらいの強力な物語を作る必要があった。今までやってきたSFやメカ戦だけの空気だけでは収まらない。東欧圏の暗さをバックにして、視覚的に強力な「ギロチン」まで行き着いた。
引用元:富野由悠季の世界 清水銀行Presents記念トークイベント「富野由悠季✕藤津亮太 静岡に語る in サンライズ」(静岡県立美術館)
本エピソードでは、オデロの説明台詞のみの紹介となっていますが、後にこの「ギロチン」が視聴者に最初のトラウマを与える事となります。
最後に
物語の始まりというだけあって、情報量がこれでもかというほど凝縮された映像でした。
ウッソの人物設定が、今までの宇宙世紀ガンダムシリーズとは全く異なり、まるで宮崎アニメに出てきそうな陽キャラで地頭も良いステータスが高い主人公として描かれていました。
そして、ウッソの好敵手(ライバル)になるはずだったクロノクルも、最初の登場から既に残念な立ち位置に置かれているのも、今後の彼の行く末を物語っているようです。